「韓流」の波には乗ってはいないものの、韓国では10年以上も活躍し続けている歌手、キムゴンモ。韓国の中では知らない人がいないほど有名です。
「最近は…」と言われることも多々ありますが、アルバムを売り出せばトップ級の売上げをあげ、コンサートは満員状態。
デビューしたころは、バラエティー番組にもよく出ていたが、最近は音楽番組にも出ず、「歌手」として活躍しています。

 4歳の時からピアノを習い始め、幼い頃から作曲・編曲にも興味を示し、中学3年の頃から流行音楽を聴くようになる。ソウル芸術専門大学国楽科に進学をしたときから音楽活動を本格的に開始。その後海軍の広報団に入隊し、軍隊でも音楽活動を続ける。除隊後、「平均律」というグループでヴォーカルと鍵盤楽器を担当した。在学中「芸音会」というユ・ヨンソク、パン・ミギョン、チョ・ガプキョンらも関わったグループでミュージカルの編曲など音楽活動をしていた。
 デビュー後は「アクトン(悪童)」「カムサン(黒い顔)」などの別名を持つという強い男のイメージと、「ケグジェンイー(ギャグ野郎)」というコミカルな男という両方のキャラクターでティーンズを魅了。勿論若い世代だけでなく老若男女幅広い支持を得ている。また、デビュー当初から障害者のためのコンサートを開くなどの活動も行う。

1968年1月13日生まれ
身長:172cm
体重:59kg
血液型:O型
宗教:キリスト教(基督教)
ソウル芸術専門大学 国楽科卒
海軍広報団で軍服務
'92年 「(眠れない夜 雨降って)」でデビュー

92年3月 当時シン・スンフン(申昇勲)のPD(プロデューサー)をしていた、韓国PDの先駆けとなったキム・チャンファン(日本のグループ、COLORもプロデュースしています)に見いだされ、その後キム・チャンファンのライン企画に入る。
92年9月 デビュー。ファーストアルバムからいきなり「チャムモットゥヌンパムピヌンネリゴ(眠れない夜 雨降って)」が大ヒット。
92年暮れ KBS歌謡TOP10でファーストアルバムからの後続曲「チョディンサン(初印象)」がゴールデンカップを受賞。
93年11月 セカンドアルバムを発表。年が明けて「ピンゲ(言い訳)」「ホンジャマネサラン(独りぼっちの愛)」「ソラプソゲチュオク(引き出しの中の思い出)」「オットンキダリム(ある待ち時間)」「サランイラン(愛とは)」など次々にヒット。
94年 全国13都市ライブツアーを実施(当時韓国では全国ツアーをする歌手は多くなかった)。年末に大ヒット曲「ピンゲ」でKBS歌謡大賞を受賞。この時のライブからライブアルバム「In My Pops」を発表。香港でもこのアルバムを発売。
95年1月 サードアルバムを発表。「チャルモッテンマンナム(間違った出逢い)」「ドゥラマ(ドラマ)」「アルンダウンイビョル(美しい別れ)」などがヒット。
95年5月 アルバムの売り上げは300万枚を超え、アルバム売り上げ史上1位を獲得、韓国ギネス認定も受ける(海賊版を含むと500万枚を超えると言われる)。
95年11月 大阪でASIAライブのゲスト出演とトークショーで来日。
95年12月 東京のホテルでディナーショー形式の簡単なライブを行う。
95年 「チャルモッテンマンナム」でKBS歌謡大賞を受賞。また、この年、パートナーであり音楽的育ての親でもあるキム・チャンファンから独立、所属していたライン企画から独立し、ソイン企画を設立。
96年5月 4thアルバム「exchange kg.m4」を発表。「スピドゥ(スピード)」「アンモン(悪夢)」「パルガンウサン(赤い傘)」などがヒット。
96年6月 「スピドゥ」がKBS歌謡TOP10で2週連続1位。
96年暮れ 「ミリョン(未練)」がヒット。そしてまたも「スピドゥ」でKBS歌謡大賞を受賞(3年連続)。
97年12月 1年半ぶりに5thアルバム「Myself」を発表。たちまち100万枚が売れる。ヒット曲は「サランイットナガネ(愛が遠ざかる)」「タンシンマニ(あなただけが)」「ポックギドゥンジウィロナラガンセ(カッコウの巣の上を飛んでいく鳥)」など。
98年2月 ソイン企画から独立、弟のヒョンモとE-Yagiを設立。(社長は弟のキムヒョンモ)
98年11月 韓国初(?)のアニメビデオつきCDシングル「チャユエクヮナヨ(自由について)」発売。5万枚限定。このシングルで韓国情報通信部主管の「コンテンツ大全」で情報通信部長官賞を受賞。
98年暮れ 「サランイットナガネ(愛が遠ざかる)」でKBS歌謡大賞作曲賞受賞
99年2月 E-Yagiから「健音企画」が独立。音楽関係の仕事はすべて健音企画のもとへ移行。社長はゴンモ。(今回こそは社長歌手です。)
99年11月 23カ月ぶりに6thアルバム「Growing」を発表。「ブーメラン」「コッ!」「ボダムソリ」などがヒットするが、全般の売り上げは今ひとつ。
2000年10月 待望の日本公演が札幌、東京、大阪の3都市で実施される。
2001年5月 1年半ぶりに7thアルバム「Another days...」を発表。タイトル曲は「ミアネヨ」。「チャンガ」「Double」などもヒットする。売り上げが100万枚を突破する。
2001年 さらに、1集からの通算アルバムの売り上げが1000万枚を突破する。
2003年2月 8集「Hestory」を発表。売り上げは50万枚強だが、2003年の最多売上枚数を記録した。
2004年9月 9集「kimgunmo.9」を発表。「放送不出場宣言」をし、コンサートのみで勝負するとのこと。同時に全国ツアー「ライブリーグ」を開始。
2005年6月 10集「Be Like...」を発表。「放送不出場宣言」を取り消し、放送にも積極的に出るとのこと。Yahoo!Korea主催のチャリティーコンサートをアルバム発売日に開いた。
2007年3月 11集「KimGunmoSTYLE ALBUM11」を発表。前回以上に放送にも積極的に出ている。6月には自身初の世宗文化会館コンサートを開く。

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